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| 法律やルールで決められているわけではないのに、自然と従っている『暗黙の了解事項』のことを『集団規範』といいます。心のこもらないマニュアル的な話し方をする集団に入った人は、いつの間にか同じような話し方をするようになります。そのように振舞うことがその『集団』の『規範』となっているからです。 |
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| 特に医療機関は損得で判断すべきではない場面が多いはずです。「自分たちはどういう歯科医院であるべきか」「ここに結集する上で皆が共感する価値は何か」そのような『わが医院のあるべき姿』を常に明確にし、仮に損失を被ることがあったにせよ『○○歯科医院らしさ』を貫く院長であってほしいと思います。 |
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| 売上増大に躍起となっていると、身の丈を超えた高額治療に走ったり、薄利多売を狙った値引き合戦に巻き込まれたりと、最も重要な品質向上が図れなくなります。無理やり売上増大を目指すのではなく、経営資源に磨きをかけ、ムダ・ムリ・ムラを一掃するように日々の業務点検をきちんと行うことが重要です。 |
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| 名門大企業には先人の労苦や知恵に対する敬意や伝統に対する畏敬の念が浸透しており、組織を大切にし、名を惜しむ土壌が根付いています。歯科医院は大企業の接遇態度や人事評価制度ばかりを形式的に真似するのではなく、このような内面的な部分の充実こそ何よりも倣ってもらいたいところです。 |
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| 今、活性化している歯科医院は「全員明るい笑顔と元気な声でお迎えします」と幼稚な対応が主流ですが、自分が将来に亘って健康を託そうという歯科医院に求めるものは、『元気ぶりっ子の笑顔』ではないでしょう。気品溢れる表情や教養に満ちた行動をとる人にこそ自分の健康レースの伴走者になってもらいたいのです。 |
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| 『単純な機械操作』や、『機械のようなマニュアル応対』だけでサービス提供する『無言ビジネス』の副作用が社会に与えた弊害は、「煩わしい会話を交わさずとも仕事は成り立つ」「言葉で頼まなくても物は手に入る」といった会話の激減現象でした。結果として登場してきたものが『不機嫌な職場』なのです。 |
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| アヒルの子歯科は医療機関ではあるが、一方で子供を強制したり子供に迎合したりせずに子供を成長させる立派な教育機関でもあることが伝わってきました。『人間は我慢しなくてはならない時もある』『泣いても物事は解決しない』『やればできる』そんなことをアヒルの子歯科は幼児に教えているように映ったのです。 |
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| 歯科医院が利益を追求するのであれば社会貢献とは言いづらいでしょうが、人材育成が目的となると話は別です。人材育成もまた堂々たる社会貢献です。特に家庭や学校での教育が崩壊状態の今、『人材教育』を旗印に掲げる歯科医院が出現することは、歯科医療という仕事の中身と共に意義深いものがあります。 |
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| 『美しい』と思ったやり方が結果としては『損』になることもあるでしょう。それでも『正しい』ということはいくらでもあります。『得』にならなかったとしても『正しい』と思ったことを貫くことは大事です。とりわけ医療においては重視しなくてはならいことだと思います。 |
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| 歯科医院も経済活性化担い手の一員として歯科医療需要の発掘に強くコミットしようではないですか。例えばそれは、生産者となって働く人たちの気持ちに前向きな火を点すような、そして消費者となる人たちが価値ある消費活動に向かおうとするような、そんなことではないかと考えています。 |
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| 歯科医院の選考基準は『良い、悪い』から『合う、合わない』へと変わってきました。即ち『多くの人が良いと評価する歯科医院』から『自分に合う歯科医院』を探すように変わってきたのです。『患者目線で捉える』とは、このような変化を敏感に感じ取り、患者の期待感を的確に掌握することを言うのです。 |
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| 道筋がはっきりせず不統一に何本も存在し、その時々で方針がふらふら変わるような組織は、結局『今受けているもの』や『今儲かるやり方』といった目先の利を追う医院で、ビジョンやミッションもその時々に合うものが掲げられます。それらは“よくできた言葉”になっていて一時的には魅力的に映ります。 |